教育移住には「終わり」がある
こんにちは、Saoriです。マレーシア・ペナンに移住して3年半が経ちました。
長女のHikariは7歳、長男のZenは5歳。二人ともインターナショナルスクールで毎日を過ごしています。そして次女のYukariは1歳半。まだヨチヨチ歩きで、学校には通っていません。
「教育移住」という言葉には、どこか永遠の響きがあるかもしれません。でも、私は違うと思っています。
教育移住には、明確な「終わり」があるべきです。いつ、どんな条件で撤退するのか。それを決めずに移住を始めるのは、地図なしで航海に出るようなもの。
今日は、私自身が考える「教育移住の終わり方」について、お話しします。
撤退ラインを決める理由
移住を決断するとき、多くの方は「成功すること」だけを考えます。でも、本当に大事なのは「失敗したときにどうするか」です。
私は移住前に、夫と何度も話し合いました。その結果、3つの撤退ラインを設定しました。
1つ目は「子どもの適応度」。子どもが心身のバランスを崩したら、即撤退です。どんなに良い学校でも、子どもの幸せに勝るものはありません。
2つ目は「家計の持続可能性」。為替レートが大きく変動し、教育費が家計を圧迫するようであれば、見直しを検討します。最新の為替情報では、1 MYR = 39.57 JPY(2026年5月5日現在)。移住当初より円安が進んでいますが、まだ許容範囲です。
3つ目は「教育目標の達成度」。設定した年限内に、狙った英語力や学力が身につかなければ、ルート変更を考えます。
ペナンで見えた「移住の完了条件」
教育移住の「終わり」は、必ずしも日本への帰国ではありません。
私が考える移住の完了条件は、「子どもが自分で次の環境を選べる力を持つこと」です。
Hikariが通うインターナショナルスクールでは、英語での授業が当たり前。友達との会話も、ほぼ英語です。彼女はもう、日本の小学校に編入しても、最初は戸惑うでしょう。
でも、それでいいと思っています。彼女が得たのは、英語力だけではありません。
多国籍な環境で育つことで、異なる価値観を受け入れる力が身につきました。自分の意見を英語で伝える経験も積んでいます。
これらは、日本の教育だけでは得にくいものです。この力をベースに、中学・高校・大学と、自分で進路を選べるようになる。それが、私の考える「移住の完了」です。
撤退は「失敗」ではない
「撤退」という言葉には、ネガティブなイメージがあるかもしれません。
でも、私は違います。撤退は「賢い選択」であり、次の一手を打つための戦略です。
例えば、マレーシアが合わなかったとしても、そこで得た英語力や国際感覚は、決して無駄になりません。シンガポールやオーストラリアなど、次の移住先を選ぶときの土台になります。
段階的移住という考え方もあります。ペナンで基礎を作り、KLでレベルを上げ、最終的に欧米の大学を目指す。その途中で、環境を変えることもあり得ます。
重要なのは、「ここまでやったから」と固執しないこと。子どもの成長や家庭の状況に合わせて、柔軟に判断する勇気が必要です。
家系戦略としての「終わり方」
教育移住は、子どもの一代限りの話ではありません。家系全体の戦略として考えるべきです。
華僑の方々は、教育のために都市を選び、国を選びます。ユダヤ人の方々は、教育のために移住を厭いません。
私も、子どもたちが大人になったとき、さらにその子どもたちが教育を受けるときの基盤を作りたいと思っています。
そのためには、今の移住を「成功」で終わらせる必要があります。成功の定義は、「子どもが自立し、次の世代につなげられる力を持つこと」。
そのための撤退ラインを、今のうちに決めておく。それが、家系戦略としての「教育移住の終わり方」です。
今、考えておくべきこと
もし、これから教育移住を検討されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ考えてみてください。
「いつ、どんな条件で終わるのか」を。
移住の成功確率を上げるのは、楽観的な計画だけではありません。万が一のときの備えを、具体的に決めておくことです。
我が家は、3年ごとに撤退ラインを見直しています。子どもの成長に合わせて、条件も変わりますから。
今のところ、HikariもZenもスクールライフを楽しんでいます。Yukariも、もうすぐ2歳。彼女がどんな学校生活を送るのか、今から楽しみです。
でも、いつでも「終わり」を選べる準備はしています。それが、家族を守る最善の方法だと信じているからです。
教育移住は、ゴールのないマラソンではありません。自分たちでゴールを決め、そこに向かって走る。そして、必要ならコースを変える勇気を持つ。
それが、私の考える「教育移住の終わり方」です。
