こんにちは、マレーシア・ペナン在住のSaoriです。長女のHikari、長男のZen、次女のYukariの3人の子育てをしながら、現地のインターナショナルスクールのリアルをお伝えしています。
先日、東洋経済オンラインの記事で「入学式がない国」の新学期が取り上げられていました。日本の厳粛な入学式と、マレーシアを含む多くの国での「普通の日」としての新学期。この違いは、単なる文化の違いで片づけられるものではありません。教育移住を考える私たち富裕層・子育て世代の経営者にとって、これは「教育に何を求めるか」という本質的な問いを投げかけているのです。
儀式の不在が意味する「教育の日常化」
私の子どもたちが通うインターナショナルスクールにも、日本のような入学式はありません。HikariがYear 1(小学1年生相当)に上がった日も、ZenがFoundation Stage(幼稚部)からPrimaryに進級した日も、それは「学校が始まる月曜日」でしかありませんでした。教室の席が少し変わり、新しいクラスメートが数名加わり、先生から「今年はこんなことを学びます」と軽く説明がある。それだけです。
この「非儀礼化」には、深い意味があります。教育が、特別な「イベント」ではなく、日常的な「プロセス」として位置づけられているのです。日本の入学式は、子どもにとってはもちろん、親にとっても一種の通過儀礼です。「わが子が社会的な一員となった」という承認を、外部から与えられる場と言えるでしょう。
しかし、インターナショナルスクールの環境では、その承認は日々の学びの積み重ねの中に内包されています。子ども自身が「昨日よりこれができるようになった」という実感や、プロジェクトの成果が、儀式に代わる達成の証となるのです。これは、成果主義や個人の成長実感を重視する経営者の方には、共感できる考え方ではないでしょうか。
「区切り」から「連続性」へのシフト
日本の教育は、幼稚園・小学校・中学校・高校と、明確な「区切り」があります。各段階で目標があり、その達成をもって次のステージに進みます。これはある意味、管理しやすく、目標が明確です。
一方、IB(国際バカロレア)をはじめとする国際カリキュラムは、「連続性」を重視します。例えば、IBのMYP(中等教育プログラム)の学力優位性がIBOの最新研究で証明されたというニュースもありましたが、MYPの強みは、単なる科目の知識ではなく、「探究の方法」や「考え方」を一貫して育てることです。小学校のPYPで身につけた探究スキルは、MYPで深化し、DP(ディプロマプログラム)で完成される。これは、ビジネスで言えば、中期経営計画に基づく人材育成の考え方に近いものです。
教育移住を「家系戦略」と捉える当メディアの核心思想から言えば、この「連続性」は極めて重要です。子どもの教育を、12年、あるいはそれ以上の長期的な投資計画として設計する。その際、不要な「区切り」や「リセット」が入ることは、むしろ投資効率を下げる可能性があります。マレーシアのインターナショナルスクールの多くが、幼稚園から高校まで一貫したカリキュラムを提供するのも、このためです。
「出る杭」を育てる環境としての空白
日本の入学式は、集団への帰属を強く意識させる場です。同じ制服、整列、一斉の行動。これは社会性を育む一面もありますが、同時に「出る杭は打たれる」文化の始点でもあります。
マレーシアの多文化環境で感じるのは、そもそも「均質な杭」など存在しない、ということです。HikariとZenのクラスには、マレー系、中華系、インド系、欧米からの駐在員の子ども、そして我が家のような教育移住組が混在しています。宗教も言語背景も価値観もバラバラです。そんな環境では、「みんなと同じ」であることよりも、「自分は何者か」「自分はどう考え、どう表現するか」が自然と問われることになります。
この環境は、将来、グローバルな舞台で活躍することを望む子どもにとって、最高のトレーニング場です。異質なものに囲まれながら、自分を確立し、協働する力を、日常的に養えるからです。富裕層が子どもの人的資本を最大化しようとする時、この「多様性の中での自己確立」という能力は、言語能力以上に貴重な財産となるでしょう。
教育移住における「儀式」の再定義
では、教育移住家族は、子どもの節目をどのように祝えばいいのでしょうか。私たちは、形式的な儀式の代わりに、「家族単位の意味づけ」を作るようになりました。
例えば、Hikariが大きなプロジェクトを終えた時、家族でレストランに行き、彼女のプレゼンテーションの内容について語り合います。Zenが読めなかった本が読めるようになった時、それは家族内で大いに称賛します。これらの小さな「承認」の積み重ねが、子どもにとっての自信となり、学びへの内発的動機づけとなっていると実感しています。
このやり方は、経営者の方には理解しやすいかもしれません。社員の成長を、年次や役職昇進という「儀礼」だけで測るのではなく、プロジェクトの達成度やスキルの獲得という「実績」に対して、随時、評価とフィードバックを与える。教育の場でも、同じ原理が有効なのです。
最新為替情報と、投資としての判断
教育を長期投資と捉える時、為替は無視できません。最新の為替レートは、1 MYR = 39.61 JPY (2026年4月7日現在)です。このレートを基に考えると、マレーシアのインターナショナルスクールの学費は、日本の一部の私立校やインターナショナルスクールと比較しても、依然としてコスト効率が高いと言えます。
しかし、重要なのは単年度のコスト比較ではありません。先述した「連続性」のある教育を、為替変動リスクを勘案しながら、長期で安定して受けさせるための「家計設計」が求められます。経営者の方であれば、為替ヘッジの考え方を、子どもの教育費計画にも応用することができるでしょう。
「ない」ものから、本質を問い直す
「入学式がない」という事実は、私たちに逆説的な気づきを与えてくれます。それは、形として「ない」ものによって、かえって「教育の本質」が浮き彫りになる、ということです。
教育移住を考えることは、日本の良し悪しを単純に比較することではありません。そうではなく、多様な教育の在り方に触れることで、「わが家は子どもの成長に、いったい何を最も重視するのか」という根源的な問いに立ち返る機会なのです。
儀式や形式よりも、日々の学びの質と連続性を重視する。均質な集団への帰属よりも、多様性の中での個の確立を支援する。マレーシアでの生活は、そんな選択肢が現実として存在することを、私たち家族に示してくれました。あなたのご家庭にとって、教育の本質とは何でしょうか。その問いから、すべての戦略は始まるのだと思います。

