学校からの一通のメールが教えてくれたこと
先日、長女Hikariのインターナショナルスクールから届いたメール。いつもより長文で、専門的な用語が並んでいました。内容は「学習評価の新しいフレームワーク導入」について。ざっと目を通した時、私は「あれ?」と感じました。単語はわかる。でも、全体として何を言いたいのか、核心がつかめない。結局、翻訳アプリと辞書を駆使して、30分かけてようやく理解しました。この瞬間、私は改めて気づかされたのです。教育移住の「隠れたリスク」は、親の英語力にあると。
こんにちは。マレーシア・ペナン在住、3児の母Saoriです。私はビジネスレベルの英語を話せます。マレーシア法人の設立や商談も英語でこなしてきました。それでも、学校からの専門的な連絡には時に戸惑います。ましてや、英語にあまり慣れていない状態で移住してきたご家族は、どれほどのプレッシャーを感じているでしょうか。
「子どものため」の移住が、親の孤立を生む危険性
教育移住を考える多くのご家庭は、まず子どもの英語環境を考えます。確かに、子どもたちは驚くほどの速さで英語を吸収します。我が家の長男Zenは5歳ですが、すでにネイティブの友達と笑いながら遊んでいます。問題は、その「子どもの成功」の陰で、親が置き去りにされるケースがあることです。
学校の保護者会。先生の説明を半分も理解できなければ、子どもの学校生活を把握できません。クラスメートの保護者との雑談。うまく会話に入れなければ、貴重な情報ネットワークから外れてしまいます。緊急時の連絡。迅速に理解し、対応できなければ、子どもの安全にかかわります。
私が直面した3つの「英語の壁」
実際に私が経験した具体例を挙げましょう。
1. 医療面談での誤解: 次女Yukariが発熱した時、小児科医の説明で「viral infection(ウイルス感染)」は聞き取れました。しかし、その後の「supportive care(対症療法)が中心で、antibiotics(抗生物質)は不要」という部分のニュアンスを完全に理解するのに、少し時間がかかりました。緊急時こそ、正確な理解が求められます。
2. 学校イベントの詳細把握: 「International Day」の案内メールに「potluck(持ち寄りパーティー)」とありました。何を持っていくべきか、アレルギー対応はどうするか。細かいルールを確認するため、結局別の保護者に直接聞きに行きました。
3. 子どもの学習進捗の理解: Hikariの算数の評価で「she is able to decompose numbers flexibly(数を柔軟に分解できる)」とコメントされました。これは日本の「さくらんぼ計算」に近い概念ですが、当時はピンときませんでした。教育用語は独特の表現が多いのです。
英語力不足が引き起こす「見えないコスト」
この問題は、単なる不便さを超えています。経済的・時間的・心理的な「見えないコスト」を生み出します。
経済的コスト: すべての書類を翻訳サービスに頼むと、月数万円かかります。緊急時の通訳を呼べば、さらに高額です。最新為替情報(2026年3月10日現在)では1MYR=40.08円。現地の通訳相場は時間あたり150MYR(約6,012円)からです。頻繁に利用すれば、軽視できない出費になります。
時間的コスト: 先ほどのメールのように、簡単な連絡文を理解するのに30分。これが毎日積み重なると、膨大な時間の損失です。子育て中の親にとって、時間は最も貴重な資源の一つです。
心理的コスト: これが最も深刻かもしれません。「自分はここにいてもいいのだろうか」「子どもの教育に貢献できていないのでは」という不安。コミュニティに溶け込めない孤独感。これらのストレスは、家族全体のウェルビーイングを損ないます。
「ビジネス英語」と「子育て英語」は別物
ここで重要な認識があります。それは「ビジネス英語ができても、子育て英語が難しい」ということです。私自身がまさにそうです。
商談で使う英語は、ある程度パターンが決まっています。しかし、学校の先生との面談、他の保護者との世間話、子ども同士のけんかの仲裁。これらはまったく別のボキャブラリーと表現力を要求します。特に、子どもの感情や発達、教育方針について深く話し合うためには、抽象的な概念を表現できる語彙力が必要です。
Zenの担任との面談で学んだこと
先日、Zenの担任との面談でありました。先生が「He is very physical in his learning style(彼は身体を動かす学習スタイルです)」と説明しました。ビジネスの場ではまず使わない表現です。文脈から「体を使った体験学習が好き」と推測はできましたが、具体的に授業でどう活かすべきか、さらに質問を重ねる必要がありました。
この「推測」と「確認」のプロセスが、コミュニケーションの負荷を上げます。そして、この負荷は、子どもの学校生活に関する重要な情報を見逃すリスクにもつながります。
では、どう対策するか?実践的な3ステップ
問題を認識した上で、具体的な対策をご紹介します。完璧な英語力を短期間で身につけるのは非現実的です。戦略的に対処しましょう。
ステップ1: 移住前の「ターゲット学習」
一般的な英会話ではなく、「子育て英語」に特化して学びます。おすすめは以下の分野です。
– 学校用語: curriculum(カリキュラム)、extracurricular(課外活動)、assessment(評価)、report card(通知表)など。
– 健康・医療用語: fever(熱)、rash(発疹)、allergy(アレルギー)、appointment(予約)など。
– 日常的交渉表現: 「Could you clarify…?(明確にしていただけますか)」「Let me make sure I understand…(理解を確認させてください)」など、確認のための定型文を覚える。
オンライン英会話で「マレーシアのインターナショナルスクール」を話題に設定するのも効果的です。
ステップ2: 現地での「サポートシステム」構築
一人で抱え込まないことが大切です。
– 信頼できる通訳・サポート役を見つける: 現地在住の日本人コンサルタント、英語力の高い日本人コミュニティの先輩など。緊急時の連絡先として確保します。
– 学校に「言語サポート」を相談する: 多くのインターナショナルスクールは、多様な母語を持つ保護者をサポートする仕組みを持っています。重要な書類の要約を依頼できないか、聞いてみましょう。
– 保護者コミュニティに積極的に入る: 英語が得意な日本人保護者や、親切な現地・国際的な保護者とつながりましょう。情報共有は心強い支えになります。
ステップ3: テクノロジーの活用と「開き直り」
– 翻訳アプリの賢い使い方: Google翻訳のカメラ機能は、学校からのお便りを即座に翻訳してくれます。ただし、ニュアンスがずれることもあるので、重要な内容は必ず別途確認を。
– 「完璧」を求めない: これが最も重要かもしれません。多少の文法ミスや発音の訛りは気にしない。伝えようとする意思と、わからないことは素直に聞く姿勢を見せましょう。多くの人は親切に応えてくれます。
私も最初は、先生に「Sorry, could you say that in a simpler way?(すみません、もっと簡単な言い方でお願いできますか)」と何度もお願いしました。恥ずかしいことではありません。
親の英語力向上は、最高の教育投資になる
この課題を逆転発想で捉えてみましょう。親が英語力に真剣に取り組むこと自体が、子どもへの最高のメッセージになります。「学びは一生続く」「新しいことに挑戦するのは楽しい」という姿勢を見せられるからです。
長女Hikariは、私が辞書を引いている姿を見て「ママも勉強してるの?」と聞いてきます。私は「うん、ママもずっと学ばないとね」と答えます。この親の背中こそが、子どもにとっての生きた教材ではないでしょうか。
教育移住は、子どもの人間的成長の機会であると同時に、親自身の成長の機会でもあります。英語の壁は確かに存在します。しかし、それは乗り越えられない障壁ではなく、家族で協力して向き合う「共通プロジェクト」と捉えることができます。
マレーシアに来て3年半。未だに新しい表現に出会い、学ぶ日々です。でも、それは不便というより、世界が広がっていく喜びに近いと感じるようになりました。教育移住をご検討の皆様。子どもの英語環境と同時に、ご自身の学習プランも、ぜひ戦略の一部に組み込んでみてください。それが、家族全体の移住成功の確度を、きっと高めてくれるはずです。

